ここはオレのゴミ屋敷!

SFと読書感想・古物・古書などの事を書きますが、たいがいは取りとめのない話が中心になります。。

オレとエヴァンゲリオン

お題「ゆっくり見たい映画」
ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]

オレがまだ学生だった頃に放送されていた話題のアニメが『新世紀エヴァンゲリオン』(以降、TV版と呼称)だった。

その時すでに『王立宇宙軍 オネアミスの翼』、『トップをねらえ!』、『ふしぎの海のナディア』のアニメスタジオガイナックスの作品のクオリティは知っていたし、これを観ずにSF作品を語るべからずな雰囲気もあったのだが、哀しかなオレの住む地方都市にはテレビ東京のネット局に入っていなかった。

もちろん、当時は、まだネット配信などなく衛星放送も有料が二社しかない時代だ。そんな状況で局外の番組を観る方法は二つしかない、地元民放局に番組を放送してもらうように嘆願するか、レンタルビデオで観るかのどちらかだ。だからオレはTV版をレンタルビデオで観るしかなかったのだが、やはり超人気作なので、いつもソレは貸出中。結局、全話観終わったのは最終回から1年過ぎてからだった。もちろん、あの大ムーブメントを横目でながめながらである。

しかも、その直後に劇場版『シト新生』と『Air/まごころを君に』(以降、旧劇と呼称)を観ているので、ようするにTV版の「おめでとう!」も、旧劇の「巨大綾波」をほぼ同時に体験してしまつ。

つまりは、オレはエヴァの盛り上がりをリアルタイムで他の人と感動を共感するタイミングを尽く外してはしまったのだ。だから、エヴァに対しては本来ならドハマりする世代のはずなのだが、どこか冷めているのだ。

だから、他の皆が考察であーだこーだでやっているのとは別にTV版&旧劇に対するオレの考えは、べつにある。それは日本の挫折系青春ドラマをアニメでやってみた。みたいなヤツだ。

挫折系青春とは若者が社会の現実に打ちのめされて破滅してゆく様を描いているもので70年代から80年代にかけて存在したジャンルで、最近なら草彅剛主演『ミッドナイトスワン』がそれに近い。これをアニメとして描いたのがTV版であり旧劇なのだ。やたらに性を意識した描写が印象に残るのはそんなところだ。

そんでもって、登場キャラのそうゆう作品に寄せているのではないかと考えている。例えば、葛城ミサトは色っぽいので松坂慶子がモデルとか、惣流アスカラングレーは生意気で性的暴行で破滅するので森下愛子がモデルで、綾波レイはアンニュイな雰囲気なので桃井かおりがモデルだろうと。そんな感じ。

だから、ロンギヌスの槍とか、人類補完計画とかはドラマの中心ではなくて、ザックリと言えば物語を進めるためだけのマクガフィン程度。

ただ、途中でエヴァとは庵野秀明の心境を描いているのてはないのかと考え直してはいる。それは庵野秀明自身が、自分には宮崎駿押井守のような語るべき思想や哲学が無いと言っているから。だからTV版&旧劇はあの時の庵野秀明の心境を語っていたのかもしれない。

それを踏まえたのなら、今回の劇場版である新劇は現在の庵野監督の心境が語られるのだろう。それを単純に考えれば「NERV=ガイナックス」対「ヴィレ=カラー」の公式が成り立っているから、その方面なのかもしれない。

そして、その仮設が正しかったとしたら、庵野監督に今後また心境の変化があれば、再びエヴァを作りそうな気もオレはしているのだ。